貸しと借り-八話-



  夜になった。カリアムの私兵団は歩みを止めることなく歩き続けている。セヴィは揺られながらも性懲りもなく逃げる術を考えていた。
 シェイのほうを見れば大人しく歩いているだけで、逃げる気配は見られない。一人ならまだしも、彼女を連れて逃げるのは骨だろう。
(そもそも、逃げるよう説得するのがが無理かもな)
 一族のため、とそれだけで命を差し出したシェイの行動はセヴィにすればありえないが、気持ちはわかる。逃げようといったところで留まるのも予想は出来た。
(それに、これだけの人数を1人で相手するのはきつい)
 ざっと見て五十人はいる。一般人ならともかく、訓練をつんだ兵士である以上、それなりに強いはずだ。
 どうしようかとセヴィが思案していると、後列の方が騒がしくなる。
「魔物だ!」
「落ち着け、隊列を……うわっ!」
 魔物かと振り返ったときには巨大な鳥獣が迫り来るところだった。セヴィを運んでいた男たちもなぎ倒され、セヴィも彼がはいっている檻ごと吹き飛ばされる。
 慌てて身を丸めて衝撃から頭を守る。落ちた地面が砂地なのがせめてもの救いだ。
「弓兵!矢を放て!隊列を組みなおせ」
 体調の土星が響き渡り、周りの兵士が慌しく動き回る。
 一瞬にしてあたりは戦場と化す。
 セヴィは誰も見ていないのをいいことにひしゃげた檻をこじ開けて外へと這い出す。シェイの姿を探すと、少しはなれたところで彼女はなれた様子で逃げ回っている。
 セヴィの姿に気がついたのか、繋がれた手を不自由そうにこちらに来る。
「セヴィ、大丈夫だったんだ」
「ああ、何とか」
 打ち身だけですんだのは、偏に檻に入れられていたお陰でもある。
「逃げるぞ」
「私は、いい。皆に迷惑かけられないから」
「そうか」
 予想通りの返答に、仕方ないとセヴィは頷く。
「ずいぶんと、潔く引くんだね」
 借りが、貸しが。と散々シグと騒いでいたのを知っているシェイは意外そうに目を見開く。
「アイツと違って、お節介の気はない」
 シグのことをさして憮然と言い放つと、シェイはおかしそうに笑った。
「シグが聞いたら怒るよ」
「別に、それがアイツの美徳だろう。悪いとはいわん、俺も助けられたし」
「うん。アマラは、ここから東に行けば着く。急げば朝が明ける前には……」
 借り一つ、とセヴィは心の中で呟く。シグといい、シェイといい、ティアはかなりお節介だ。
 残れば死ぬということはシェイも解かっているのだろうが、逃げようとは思わない。
 死にたくはないだろう、ならばセヴィが助けるまでだ。今はまだその時ではないのだが。
「すまんな」
「ううん、気をつけて。夜の砂漠は魔物の世界だから」
 鳥獣は一身に矢を受けながらも確実に1人、また1人とカリアムの私兵を死に至らしめている。血のにおいをかぎつけて他の魔物も集まってくるであろう。
 セヴィはその辺で倒れている兵士の飲み物と食べ物を奪うと、それをしっかりと腰にくくりつける。
 動けない、などとほざいていたのは狂言に過ぎない。多少動きに不自由さは感じるものの、大した枷にはなっていないのだ。
「……慈しみ深きティアルの、ううん、砂漠の加護を。」
 シェイの言葉に、セヴィは頷いて走り出す。足首にくっついている重石が邪魔だが走れない事もない。
「奴隷が逃げたぞ!追え!」
 遠ざかるセヴィに気がついた兵が声を上げるが、血の匂いをかぎつけて集まった魔物たちの相手をしている彼らにセヴィを追いかける余裕はない。 
「借りは、返す」
 シグの借りも、シェイの借り返さなければと決意を新たにセヴィは砂漠の地を踏みしめた。



 祭まで、後五日となった。シグは昼過ぎから走り、陽の沈む前にはアマラの門前まできていた。門番がいるので仕方なくいなくなるのを待ちこっそりと入ろうという算段だ。
 昨日のうちにアマラに来れなかったのは、とかく色々と準備をしていたせいでもある。いつもの格好ではすぐにティアとわかるので、服を新調した。フードの着いた服をわざわざつくり、目深に被ればティアだとはわからない。色の黒い人間なら、そう珍しくもなくいる。
 そして金だ。何をするにも先ず金が必要になってくるのは目に見えていた。今まで買出し毎に残った砂金を溜め込んでいたのだがそれを離れたオアシスまで取りにいっていたら、とっぷりと日は暮れていた。
 シグがいなくなったことはすぐにメクにばれるだろうが、アマラまでは追ってこないという確信があった。
 メクはディゾルを、ひいてはカリアムを怖れている。

「そろそろ交代……って、お前その顔大丈夫か?」
 門番の会話に、シグはビクリと身を竦ませる。今現在大胆にも門の陰に隠れている、結構な時間をそこで息を顰めているせいで、ほぼ砂の中に埋もれているのだが門を出れば見えるような所にいる。
「全然、大丈夫そうに見えるか?」
「いや、痛そうだな。どうしたんだ?」
「昨日の夜やられたんだよ」
「ああ、ティアのところから帰ってくる途中、魔物に遭ったとか。お前も行ってたのか?」
「違うって。俺は門番していたんだけど、例の奴隷が1人で逃げてきて……捕まえようとしたらこれだ」
 言いながら男は頬をさする。哀れなほどに腫れあがった右頬は右目が開かないほどだ。交代に来た男は、痛そうに眉を寄せる。
「問答無用で殴られたのか……噂にたがわぬ野蛮な男だな」
「普通殴った痕だと思うだろ、それが違うんだよな。あの男、蹴り上げたと思ったら足についている鉄球が俺の顔にあたったんだよ。綺麗な顔して反則だな。一体あんな細身のどこにそんな力があるのやら……俺だったら歩くのがやっとだと思うぜ、あの足のおもりは。それを軽々走り抜けるし」
(ああ、セヴィだ)
 やはり、というかなんというか。無事逃げたのはいいがなんと言う大胆な逃走ぶりだろうか。
(でも、シェイは?)
「お、噂どおりなのか?見た目は天使のように美しいとか…」
「ああ、それで油断したってのもあるけど。あれはある種の芸術だなぁ……男にしておくのがもったいない」
「いやいや、そんな野蛮な女がいたらそれはそれで嫌だろ」
 などとセヴィ本人に聴かれたら殴り殺されそうな事を言いながら門番二人は笑いあう。
「あ、そういえばティアはどうなったんだ?」
「ん?ああ、何か1人いたな。あの男、ティアの仲間かと思ったら1人で逃げてきたらしい」
(一人で逃げた?)
 セヴィは淡白な人間だが、やたらと仁義は貫き通す人間だ。世話になった、と彼が認識しているであろうシェイを見捨てて一人で逃げたとは考えにくい。
「しかし、ティアなんか捕らえて大丈夫かね。昨日砂漠で魔物に襲われたのだって、ティアの呪いじゃないかって話だし」
「さてねぇ。カリアムも何を考えているのやら……おっと、これは言わない方がいいな。じゃあ、仕事がんばれよ」
「お前もな。怪我早く直せよ」
 そう言って門番は入れ替わった。効きたい事はもっとたくさんあったが、まさかノコノコと出て行くわけにも行かず、シグはその場に息を顰め、ひたすら日が早く沈む事を願った。



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