貸しと借り-六話-


 祭りまで、二週間をきった。セヴィも、ティアでの生活に慣れてきたらしく日中フラフラと散歩に出かける事が多くなった。もちろんシグ同伴だが。
 平和な日常だ。セヴィと出会って逃げてきたのが、嘘のように。
 その日も、狭いテントで半分寝ていたところだった。シグは祭の最終準備をしていて、隣でセヴィは自分の服を繕っている。
「アンタ、どうすんだ」 
 シグが呟く。セヴィは気づいているのかいないのか、座ったまま無反応だ。手が動いていないところを見ると寝ているのかもしれない。
「おい、聞いてるのか」
 もう一度声をかけると、セヴィは目を開ける。
「聞いてる、何をどうするのだ」
 目的語が抜けている、と欠伸をかみ殺しながら指摘をする。
「だから、祭が終わったらどうすんだ。アンタはもう自由になるんだろ」
「前にいっただろう。この島から出て行く、その後のことは考えていない」
「そっか」
 それだけ言うと、シグは黙り込む。わかっていた事だ。それに前に一度聞いていたのだ。
「お前に、借り二つ返したらな。だが、ここに留まる限り借りが増えていきそうだ」
 すっかり忘れていたが、そんなことがそもそもの原因だったのだと思い出す。
「俺も、アンタに借りがあるからいいんだよ。あわせて零だ」
「服をもらった」
「祭りの準備任せた」
「水は、汲んできてもらっている」
「テント、立て直してもらった。前より立派だ」
「俺の寝床の提供」
 顔を見合わせてシグは笑い出す。どっちもどっちだと。
 セヴィはいつも不思議そうにシグが笑っているのを見ている。
「なあ、俺も連れてってよ」
「いいのか、あの女はあまりいい顔をしないと思うが」
 てっきり断られると思っていたシグは、その言葉に驚く。そしてすぐ、メクの態度を思い出す。シグの事を嫌っている彼女だが、神の眼については、妙なこだわりを持っている。
「そうだけどさ。考えてくれるんだ、嬉しいな」
 シグが、額に巻くバンダナをなでながら言う。
「考えるだけならな。そういえば、何でお前は男を選んだのだ?ティアは性別を自分で決めれるのだろう」
「……別に大した理由じゃない。速く走るためには男のほうがいい」
 ティアの女も男も、走る速度は変わらない。と言うよりも、個体差があると言った方が正しい。男よりも速い女もいる。ただ、ずば抜けて速いのはシグだ。
「大して走る速さは変わらないのではないか」
 純粋に、疑問に思ってるのだろう。もっと速く、誰よりも何よりも速く、というのはシグの想いに相違ないが。
(言ったら馬鹿にされそうだ)
「何故だ?」
 重ねて問われ、シグは仕方なく口を開く。
「服がさ、風の抵抗を受けて遅くなるんだよ。それが嫌で男なんだ」
「馬鹿らし……」
 本当に呆れたようにつぶやかれ、シグは憤慨する。確かに、馬鹿らしいが、彼にとっては最重要事項なのだ。
「馬鹿にすんなよ!俺は誰よりも速くあるんだ。まあ、大抵は金の乙女が男か女かで、みんな考えてるみたいだけど」
「金の乙女?」
 また変なのが出てきたと、セヴィの口調から読み取れる。
 それでも、シグにとっては重大なことだ、ここで黙ってはいられない。
「ティアルと旅した人間の女だよ。その旅で金の乙女は死んじゃったから、ティアルは泣き続けてる。それで生まれたのがティア。ティアはいつか金の乙女の生まれ変わりと出会うんだって」
 ふーん、とどうでもよさそうな相槌を打ちながら、セヴィはこめかみの辺りをさすっている。頭が痛い話だとでも言いたいのだろう。
「それと、性別と何か関係があるのか」
「だから、金の乙女の生まれ変わりがどんなティアを選ぶだろうって、皆それなりに考えてんだよ」
「生まれ変わりとはいえ、ただの人間だろう。記憶なんて残っているのか」
 胡散臭そうにセヴィは言う。普通の人間なら、こんな魔物のような容姿のティアから、生まれ変わりだ、などといわれても、ただ怖いだけである。
「いいだろ別に。いつか会えるかもって、信じて待ってるだけなんだから」
 不機嫌さを顕わに、シグはセヴィを睨みつける。そして何を思いついたのか、金色の髪を、グイッと引っ張る。
「なにをする」
 一発ぐらい殴ってやろうと、拳を固めるセヴィだが、どこか考えに沈んでいるシグを見て、黙って拳を開く。
「アンタがさ、女だったら金の乙女って言われそうだと思って」
「くだらん。俺は男だ」
 仏頂面はいつものまま、冷淡な声に、シグは笑う。
 金色の髪、青い瞳、愛らしい顔立ちは金の乙女そのもののような気すらする。しかしそれも、顔限定の話だ。
 平然と魔物を殴り飛ばすようなセヴィが、麗しの金の乙女の生まれ変わりなどというのは、ティアにとっては噴飯ものだ。
「わかってる、例えばの話だよ。それにきっと、アンタのほうが綺麗だ」
 そう言うと、シグは嬉しそうに笑う。子どもの純粋さに、セヴィは眩暈がする。どこまでも、信じてしまいそうになる。
 過去を忘れてわけではなかった。忘れられない、忘れるなといわんばかりの、罪人の焼印が、彼の右腕にはあるのだから。
 両親が死に、遺産が残された。このとき初めて、金によって人が変わるという事を、セヴィは学んだ。
 優しかった伯母は変わり、姉と慕った従姉も変わった。セヴィの剣が背中に突き刺さったまま、血だまりに倒れていた伯母と、どこか狂ったように笑う従姉。
「セヴィ……セヴィ?どうかしたのか」
 シグに名を呼ばれ、はっと気づく。焦点の合った目は、琥珀色の瞳とぶつかった。
「大丈夫だ。問題ない」
「……ならいいけど」
 そのまま、シグは薄い布の上に倒れる。座っているセヴィと、視線が合う。
「あのな、俺連れてかないって、あれ結構本気だからな」
「……そうだな、考えておく」
 断ればいいものを、断れない。寧ろ、それもいいかもしれないと思っている自分自身にセヴィは驚く。
 両親が死んでからはいつも、一人だった。それを悲しいと思ったことがないといえば嘘になるが、信じられない人間と共に過ごす事を考えると、一人の方がずいぶんとましに覚えた。
「そういえば、セヴィは何してる人なんだ?人間って、職業があるんだろ」
「言っただろう囚人で逃走中の奴隷。いや賞金かかった奴隷か」
「アンタ奴隷で、その上賞金首だったのか?」
 然も嫌そうにシグが言う。
「賞金稼ぎが賞金首だ、笑えんな」
「その前は……賞金稼ぎだったのかよ」
 堅気な事はしてなさそうだったが、まさか賞金稼ぎだとは思いもよらなかった、とシグがボソリという。
 聞こえていると、文句の一つも言ってやろうと思ったが、事実は事実だ。否定はできない。
(一体俺はどう思われてたんだ?)
 興味はないが、碌なものではなさそうだとセヴィは思った。



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