貸しと借り-五話-


 セヴィは疑問に思っていた。
 アマラでティアに出会った。助けられたのは迷惑だったが、感謝はしている。成り行きで巻き込んだ事は悪いとは思っている。ティアの集落につれてきてもらったのにも、確かに感謝はしている。
 しかし、だ。
 テントの外で日光浴というには強すぎる日差しを浴びながら、昼寝をするシグを見る。そして彼は自分の手元に視線をもどす。
(何故俺が、こいつの祭の準備をしているのだ)
 手伝うならわかるが、あのとおりシグは寝ている。服を借りた礼で作ってやっているのだが、もうこれが最後のひとつだ。
「終わったぞ」
 彼が声をかけると、シグは起き上がる。確かに寝ているのだが、眠りがかなり浅いのも、ティアの特徴だ。そのおかげで、シグを巻き込むことになったのだが。
「さっすが、仕事が早い」
「人にやらせておいて……」
「いいだろ、俺はアンタの服直すのに忙しかったんだから」
 身長は大して変わらないが、決定的に体重が違う。ティアは細い。セヴィは太いわけではないが標準的だ。当たり前のようにサイズが違う。
 さらにシグの服といえば下だけで、上に着るものが何もないのだ。日差しが肌に痛いセヴィは、とてもそんな格好で日中の砂漠に出ることができない。その上、シグのテントといえば造りが雑で小さい上、日差しが入る。
 シグが急遽作った服は、当座のものとしてはなかなかのできだ。
「しかし、人間ってのは飲み溜めできないんだもんな」
「ティアと一緒にするな」
 そして一番はこれだ。ティアは水何も飲まずとも、一ヶ月は大丈夫だというのだ。水瓶を抱えて飲んでいたのはそのためだったらしいと後で知らされた。
 文句を言いながらも、強くいえないのは貯めていない水を汲みに、遠くのオアシスまでシグが走っているからだ。
「しかし、上手いよな。俺よりずっと上手い。才能あるぞ」
「お前が、不器用すぎる。それにこんなもの、何に使うというのだ」
「祭の時に神殿にもってって、捧げた後、燃やしちゃうんだよ。もったいないよな」
 それなら作らせるなと、文句を言ってやりたいところだが信仰とは得てして変なものである。文句をつけても仕方ない。
「ま、何ていうか年に一度の親孝行だよ。セヴィの親じゃないけど」
 ぼんやりと聞いていたシグの言葉が、引っかかりセヴィは聞き返した。
「親?神ではないのか」
「ティアルは神だよ。でも俺を創ったんだから親だろ。ティアはティアルから生まれるんだから」
 行き過ぎの信仰とは、こういうものなのだろうか。胡散臭そうにみているセヴィに気づいたのか、シグは憤慨しながら続ける。
「何だよその顔、信じてないだろ」
「……そう言われても、お前は母親から生まれたのだろう」
「だから親がティアルなんだよ。母親とか、そんなもんじゃなくて」
「夫婦とか、そういう概念はないのか」
 ティアはほとんど一つのテントに一人しか住んでいない。シェイはメクと住んでいるが、成人の儀を終わらせてから一年はテントが持てならいしい。
 シグからは集落一つで、一つの家族という認識しかないように感じる。
「フウフってなんだ?」
「男と女が、って本当に知らないのか?子はどうやって生まれるんだ」
「何だよ?神殿に行ったら卵がころがってんだろ、三年もすれば孵るだろ」
 セヴィは頭が痛くなってきた。
(何なんだこいつは。否、それとも本当にそうなのか?)
 キャベツ畑に子どもが落ちてると、信じている年でもあるまい。しかも事を欠いて言うに卵だ。
「人間もそのために教会とか神殿とか造ってるんだろ」
 どうみても本気だ。疑いなど一片も挟んでいないほど正直な言葉だ。それには答えず、痛い頭をさすりながらセヴィは純粋な疑問を口にする。
「それなら、性別はなんのために」
「知らないよ。成人の儀を行ったら自分で決めれるんだ。人間って最初から勝手に性別決まってるんだろ?」
 よく知ってるだろ、と偉そうに語ってくれるシグだが、色々と間違っている気がしてならない。
 そもそも成人の儀とは何なのか、セヴィは嫌なことを聞いたと後悔し始める。シグのいう事が本当なら、神殿にある卵から彼も生まれたのだろう。確かに人の形をしているが、明らかに人ではない。かといって神々しいかと言われれば、ティアには悪いが人型の魔物のようだ。
「ま、セヴィは顔と性別間違ったとしか言いようがないけどな」
 学ばない奴だと思いつつ、セヴィはしっかりと拳を握りしめる。
「死にたいか」
「嘘です、スイマセン」
 繰り出した拳は、手加減したとはいえあっさりとかわされる。 
 反応は悪くは無い。もとより本気で殴るつもりは無いとは言え、いつもかわされると本気で殴りたくなってくる。
「アンタを造った神様は知らないけど、アンタは傑作だと思うよ、強いし、綺麗だし、器用だし」
 生まれてこの方、ずっとこの容姿だ。幼いころは、この容姿でいじめを受け、成長してからは賞賛など腐るほどに受けている。反感しか持てない賞賛より、シグの純粋な感想の方がずっと心に落ちる。
「性格は最悪なのに、か?」
「そうそう、って嘘嘘!なんてこと言わせんだよ」
 慌てて否定する。さもセヴィの悪口など恐ろしいといわんばかりだ。本人の目の前で。
 その態度が可笑しく、セヴィが笑うと、シグも、驚いたように目を見開いてから、嬉しそうに笑う。
 信じれば、裏切られる。人間とはそういうものだと、幼いころからの体験で、セヴィは教えられ続けてきた。
 シグに心を開きつつある自分を危惧しながら、それでも今は、と苦い過去を忘れる事にした。
(祭りが終わるまでの、付き合いなのだから)
「あ、そういえばメクがアンタに会いたいって」
「どうしてそう言う事を早く言わん。連れて行け」
 軽くシグの頭を殴りセヴィは立ち上がる。あまりにも粗雑なテントは、気をつけなければ頭をぶった衝撃でテントが倒れるほどだ。シグは殴られた頭をさすっていたが、勝手に歩き出すセヴィを慌てて追う。
「待てよ、なんも殴る事ないだろ」
「手加減しただろう」
「アンタのは、手加減してても痛いんだよ。馬鹿力め」 
 文句を言いながら歩く。
 ティアに来て三日目、シグとセヴィのケンカはティアの中では日常となっていて、誰も気には止めない。
 来た当初は見世物状態だったのだが、一度セヴィが切れるとほとんど見に来るものはいなくなった。
 メクのテントの前に来ると、シェイが待っていた。
「やっと来た。遅いんだからさ」
「そうだぞ、アンタがとろいから」
「お前の言うのが遅いんだろうが」
 睨み合う二人の間にシェイが入る。
「はいはい、どうせシグが悪いんから。早く中に入ってよ」
 シェイの言葉に舌打ちしながらシグが入ろうとすると、グイッと引っぱられる。
「話があるのはセヴィだけだって。シグには用事がないから外にいろって」
「は?」
「私も追い出されたし、セヴィと話したい事があるらしいよ」
「そうか」
 後ろでシグが何か言っていたが、無視してセヴィはテントの中へと入っていく。
 メクのテントは立派だ。このテントに入ると、シグのテントをテントと呼んでもいいものかと思える。
「客人、挨拶もなしかい。まったく最近の若いもんは」
 皺だらけの老婆が、濁った目で睨みつける。セヴィはその言葉を無視して、どっかりとメクの前に座る。
「話とは何だ。あいつを遠ざけてまでするのだ、あいつのことなのだろう」
「フン、頭はいいな。そう、シグの事だ。シグから大体客人の状況は聞いた。カリアムの奴隷らしいな」
「そうだ、逃げてきた」
「シグに、助けられたらしいね」
「不本意ながら」
 話が見えてこない。回りくどいのは、セヴィの嫌いな事だった。
「本題は何だ、俺は気の長い方ではない」
 苛立って言うと、メクは笑う。嫌な笑いだと、セヴィは眉を寄せる。
「シグは客人を助けたが、客人がシグを脅してここに来たことにしてもらえんだろうか」
「構わんが、理由は何だ」
 ある程度予想はしていた事だ。彼女の言葉はもっともだが、理由は気になる。
「一昨年、カリアムの私兵といざこざを起こしたティアがいてな、カリアムに殺された。あやつは、ティアを憎んでおる」
 老婆は、目を細める。昔を思い出しているのか、遠い目をしていた。
「それでも、ティアにカリアムの私兵がシグをこの地から離そうとした時には、客人をつれてきたのはシェイという事にしてもいいだろうか」
 その言葉には、即答できなかった。セヴィがメクに会ったのは、初めて来た時と、今で二回目だがシェイのことは、可愛がっているように見えた。少なくともシグよりは。
「シグは、ティアにいなくてはならんのだ。神の眼をもつ、ティアルの加護の強いシグは、シェイよりティアに必要なのだ」
「神の眼?」
 聞きなれない言葉に聞き返すと、メクは頷いて続ける。
「ティアは、ティアルから創られる時ティアルの一部を持って生まれる。私は記憶の一部、シェイは右手、シグは眼だ。そして髪の色。白に近いほどティアルに近い、ティアルの加護が強い」
「……」
 シェイは黒に近い灰色だ。今まで見たティアの中でも一番黒に近いのかもしれない。
「わかった、勝手にすればいい。ティアのことは、俺の口を出せる問題ではない」
 シグに言えば、怒り狂いそうな事だ。彼もまた、シェイのことを慕っているのだから。
「理解があって助かる。話しはそれだけだ。くれぐれもシグには気取られるでないぞ。あやつ、人一倍面倒を被りたがる」
 暗にセヴィのことを言っているのだとはわかったが、そのまま話しは終わったと、セヴィは立ち上がりテントを後にする。あの老婆との会話は息が詰まる。
 外に出れば、強い日差しの中でシェイとシグが走り回っている。
(酷なものだな)
 シグの犠牲となるのがシェイだ。二人の関係は本当の家族のようだ。シグの怒る顔が目に浮かぶ。そのとき自分は軽蔑されるのだろうかと、そこまで考えてセヴィは自嘲した。
「あ、セヴィだよ」
 気がついたシェイが、こっちに向かってくる。かなり差が開いているのに、シグがものすごい勢いでシェイを追い越してくる。風みたいだな、と馬鹿げた事がふと頭をよぎる。
「もう話、終わったのか」
「ああ」
「何の話だったんだ?まさかメクに限ってアンタを口説くことはないと思うけど」
 冗談めかしてシグはいい終わると反射的に後ろに飛ぶが、いつまでたってもセヴィの攻撃がこない。
「どうしたんだよ、何かショックなこと言われたのか」
 セヴィはとっさの嘘が苦手だ。ポーカーフェイスはお手の物だが、とっさにつこうと思ったがいい言い訳が思いつかないのだ。
「どうせカリアムの私兵がきたときの話でしょ。セヴィにシグを脅してティアに来た事にしろって、メクならいいそうだし」
 助け舟を出してくれたのは、後から追いついてきたシェイだった。
「まあ、そんなところだ」
 そう言うと、シグは納得して、メクのテントの前で、彼女の悪口をまくし立てる。こうも堂々と彼女のテントの前でしていると、いっそ清清しい。間違いなく中のメクにまで聞こえているだろう。
 セヴィはシェイのほうを見ると、琥珀の瞳がしっかりとセヴィを捕らえていた。全てを知っている、そういう眼だ。
「戻るぞ、いつまで文句を言っている」
「はいはい、じゃあなシェイ」
「ああ、うん。セヴィもね」
 そう言うと、シェイはテントに戻っていく。それを見送った後、ふとセヴィは口を開く。
「神の眼、って何だ」
「あ?」
 何を言い出す、と先を歩いていたシグは振り向く。
「お前がもっているという神の眼って何だ」
「っと、メクの入れ知恵か……よけいなことを」
「言いたくないのなら別にいい」
 文句を言い出したシグをみてセヴィが付けたす。ティアル自体、眉唾物だと思いたいがあまりにも人間離れしている。
 シェイの、鱗の生えた右手を思い出す。それで神の眼とやらにも興味を持ったに過ぎない。
「別に。神の眼っていうのは、全てを見る目をいうんだ。人の心とか、遠くのものとか、過去とかさ」
 そういうシグは、少し嫌そうな顔をしている。
「俺の心も見えるのか」
「今は見えないよ、封印中」
「封印?」
 どう見ても、琥珀の双眸はしっかりと開いている。首を傾げるセヴィを見て、シグは笑い出す。
「なんだ、見たいのか?あんたが俺の目を見るって事は、俺はあんたの心まで見えるんだよ」
「別に見られても減るものではない。それに、興味はある」
 シグは笑っていたが、いつものような屈託のない笑いではなく、取ってつけたような不自然な笑いだ。
 セヴィは、能天気なこの少年にも、相応の悩みがあるのかと、多少失礼な事を考えていた。
 テントの前まで来ると、いつになく真剣な顔で、シグが振り返る。
「本当に見てみたい?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「本当の本当に」
「ああ」
「本当の本当の本当……っ痛」
 あまりのくどさに頭を殴りつけると、シグは大げさに頭を抱えて座り込む。いや、大げさではなく、彼は本当に痛がっているのだが。
「何すんだよ!」
「嫌なら別にいいと言っている。しつこいぞ、お前」
 呆れたように言うと、セヴィはテントの中へ入っていく。とてもではないが、この強い日差しの下では耐えられない。
「……みんなさ、心の中に魔物を飼ってるんだよ。小さかったり、大きかったり形は人それぞれだけど」
 小さな声で、ポツリとこぼす。俯いているシグは泣いているようにも見える。声をかけるのをためらい、セヴィは黙って先を促した。
「本当にいるんだ。目が合って、すごい嫌な感じがする。みんな飼ってる、メクも、シェイも。見たくないのに勝手に見える。昔は最悪だよ。過去と今がめちゃくちゃに入り交ざって、砂漠にいるのに森が見えたり」
「今も、見えるのか」
「いや、何とか力を押さえれるようにはなったけど。でも、開眼すると人の心は相変わらず見える。見たくないのに。」
 引きつったような笑いを浮かべて、シグも狭いテントに入る。いつも彼が座っている布の上に座る。
「アマラにいったときが一番最悪だったよ。成人の儀の時にいったけど……変だよな、会ったばっかりのアンタにさ。でも、ティアにはいえない。ティアルの眼は授かって一番ありがたいものなんだ」
 それはシグが自分自身にいつも言い聞かせてきたものだ。そうでも思わないと重すぎるのだろう。
「辛気くさい顔をするな」
「アンタの仏頂面よりマシだろ」
 いつものように返すと、いつものように拳が飛んでくる。慌ててシグが跳びのくと、勢いのついたセヴィの拳がテントの支柱にぶつかる。
 バキ、とか嫌な音がしたかと思うとテントが傾きだす。慌てて二人して支えるが、ただでさえ微妙なバランスでたっていたテントは音をた立てて倒れる。
 セヴィはこれだけは死守しなければと水瓶を庇う。
 砂埃が舞い、真夜中にシグのテントが崩れる。
「うー砂食った。最低だ」
 シグはせき込みながら、布の残骸と化したテントから顔を出すと、セヴィも咽ながら顔を出す。
「最低はこっちのセリフだ」
水瓶を死守して、そのまま水瓶に顔をつっこんだセヴィは頭から水をかぶっている上、倒れた衝撃で舞った砂が顔面にこびりついている。
「綺麗な顔がひどい事になってるぞ」
 その顔を見てシグが笑うと、不機嫌そうに顔をそむける。
 安心した、と小さく呟いたセヴィの声は、シグには聞こえなかった。




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