貸しと借り-四話-


「そろそろ行くぞ」
 日も暮れて時間が経ってからセヴィが切り上げる。もう少し聞きたい事があったのだが、文句を言いながらシグも立ち上がる。
「まだ聞きたい事あったのにさー」
 シグは腰に買った荷物を括りつける。
「俺の話など聞いて楽しいのか?話すのは、そんなに上手いほうじゃない」
「でも、聞いたら答えてくれるだろ」
 不機嫌そうな表情しか浮かべないが、セヴィは聞いた事に対しては丁寧に返してくれる。
 呆れるほど、馬鹿みたいな質問で無ければの話だが。
「そうか」
 そう言った、セヴィの青い瞳が少し細くなり、筋肉が退化したのかと思われた頬がかすかに上がる。
 室内は暗い。目が慣れたといっても、普通の人間には表情までは判別できない暗さだ。シグは夜目が利く。室内の隅々まで判別できるぐらいは見える。
 錯覚かと思い、自分の頬をつねる。それを見て、セヴィは呆れ顔だ。
「何やってるんだ」
「アンタ、今笑わなかった?」 
「笑ったぞ、だからどうした」
 至極当然に答える。確かに面白い事があれば笑うのは当たり前なのだが、この男には不似合いな気がする。
「仏頂面より、笑った方が綺麗だぞ。あ、ゴメン悪気があるわけじゃ……ただ、純粋に綺麗だって、だから、えーっと」
 相変わらず不機嫌そうな表情でシグを見ている。セヴィの地雷を踏む気はないのだが、言い訳すればするほど踏みまくっている気がする。しかし、それ以外の表現が見つからないのだ。
「とにかく、誉めてるんだよ。だから怒るなよ」
「もういい、怒ってはいない。お前に言われても嫌な気はしないからな。急ぐぞ」
 そう言うと、スタスタと出口へと向かう。 
 あっけなく何のお咎めなしだった。
(殴られるかと思った……)
「早くしろ」
 これ以上遅れると、今度こそ殴られそうだったのでシグは慌ててセヴィの後を追った。
 アマラの街の夜は人通りが少ない。砂漠の夜は寒く、すぐそこの砂漠では魔物が跋扈しているのだ。好んで出るものはいない。なので二人は堂々と門へと向かう。
「アンタ、その服どうにかならないのかよ。日中の砂漠はその格好だとまずいぞ」
 セヴィの肌は白い。そのくせやたらと露出している部分が多い。奴隷の服などそんなものなのだが、シグは当然そんな事情は知らない。
「奴隷は服など与えられないのだ。金もないし、お尋ね者だ。服は諦めろ」
 このまま行くと、朝に集落につくかは微妙な線だった。メクは有言実行をモットーとしているから、おそらくシグが居なかろうが移動はしているだろう。アマラの近くまできているはずだ。
「ま、集落についたら何かあるだろ」
 シグは全身を覆うような服を着ないのだが、昔着ていた服が残っていたような気がする。
 門番は誰もいない。無用心にもほどがあるが、夜の砂漠に出る非常識な人間はアマラにもティアにもいないから当然といっては当然だ。門番は絶好の魔物のえさだ、残るものなど居ない。
「あんたにとったら夜の方が楽かもな、魔物はいるけど暑くないし。日中はありえないからな。アマラの近くに集落が移動してるはずなんだけど」
 今日の日中には帰る予定だったので、移動は今日だったのだが、事情が事情だ。メクがアマラの近くに集落を移動させているのを願うだけだ。
 上手く行けば朝までにはつけるかもしれない。そのためには魔物に遭わないのが前提条件なのだが。
「魔物に遭ったら、俺を置いていけ」
「って、まだ言ってるのかよ、砂漠で道案内無しで一人になったら魔物から逃げられても死ぬんだぞ!」
 プライドが高いのか、融通が利かないのか、とにかくセヴィは扱いにくい。
「これ以上借りを作りたくないだけだ。」
 そしてその理由がこれだ。いいかげんウンザリしてくる。シグの切れやすい血管が、あっさりと切れる。
「いいかげんにしろよ、意地っ張りが!お前はいくつのガキだよ。貸しはつけとく。いつか返せばいいだろう」
 砂漠では魔物も恐ろしいが、熱射病、日射病、脱水症状だけはどうにもならないのだ。何でこんなに死にたがってるのだと、シグは無言で歩く。
 少し後ろからついてくるセヴィも無言だ。
 しかし、穴があくほど睨まれている気がする。
(俺にとったら、砂漠よりも後ろの男の方が危険だよ)
 視線だけで人を殺しそうなセヴィを後ろに感じつつ、シグは重いため息をついた。

 そして、歩き始めて二時間がたった頃―――二人は魔物に追われていた。
 体長五メートルはあるトカゲの化け物だ。やたらと足が速いので振り切れずに逃げているのだ。
「この辺は、魔物に遭う確立が低いといったのは誰だ」
「うるせぇ!遭う時は遭う。俺のせいじゃない」
 シグの速さなら、逃げ切ろうと思えば逃げ切れない魔物ではない。しかしセヴィがいるのだ。あんな啖呵を切っておいて今更おいて逃げられない。
「右に飛べ!」
 セヴィの言葉と同時に、思い切り体当たりされる。文句の一つも言ってやろうと顔を上げると、今までセヴィとシグが走っていた所に、巨大トカゲが飛び掛り、砂が舞い上がる。
「……あっぶねー」
 そのままもの速度で逃げていれば間違いなく、潰されていた。セヴィの背中越しに、赤く光るトカゲと目が合い、今更ながら背筋が寒くなる。
「逃げるのは、やめだ。殺す」
 魔物の妖気より凶悪な殺気を撒き散らし、セヴィはシグの上からゆらりと立ち上がる。
 天使のような顔が、今は鬼神に見える。魔物なんかよりよほど恐ろしい。
 立ち上がったセヴィは、何の戸惑いも無くそのまま巨大トカゲへとつっこんでいく。その背中は、シグを庇った時にできたであろう引っかき傷から血が流れている。
 その傷を見て、他人事なのだが思わずシグは背中が痛くなる。
(庇って、くれたんだよな)
 セヴィはトカゲの猛攻をかわしながら徐々に近づく。しかし慣れない足場で動きがおぼつかない。圧倒的に不利な地形を、運動能力でカバーしている。
 セヴィはまだ座り込んでいるシグを睨みつける。
「とっとと逃げろ。クソッ、むかつく足場だ」
 セヴィは叫びながら、トカゲの爪をひらりと避ける。
「誰が逃げるかよ!」
 一対一だからセヴィは魔物に近づけないのだ。彼がどう魔物を倒そうとしているのかは知らないが、何かしらの勝算があるのだろう。
(それなら俺は、隙を作る)
 本当は怖い。魔物は怖いものだ。いつもならすぐに逃げ切る。魔物と戦う事など、最初からシグ選択肢には入っていないのだ。
 それでもセヴィは戦っている。
 シグにもプライドはある。腰が抜けて立ち上がれないが、そんなことを言っている場合ではない。彼は震える足を叱咤しながら、腰に刺した短剣を引き抜く。ほとんど物を作るのにしか使わないが、一応武器にはなるはずだ。
 一呼吸おくと、彼の自慢の俊足と身軽さを生かして一気に距離を詰める。巨大トカゲの足の間を通り抜け、鱗に覆われた尾を駆け上る。
 異変に気づいた魔物は、注意がセヴィからシグへと移る。
 彼は脳天に短剣を突き刺し暴れるトカゲの上から落ちない様にしがみついた。
 でかければ、それに見合う生命力があるのか、皮が厚く、ほとんどダメージがないのか魔物は元気なものだ。頭の上に乗っているシグが、頭にさした短剣よりも邪魔なのだろう、振り払おうと暴れ出す。
「手を離せ、ぶっ飛ばす!」
 セヴィの言葉でシグは手を離すと、ゴキッとか、バキッとか嫌な音を立てて、巨大トカゲは断末魔の声を上げて吹っ飛んでいく。首がありえない方向に曲がっている。どうみても完璧に折れている。
 投げ出された形で落ちるシグを、セヴィはしっかりと抱きとめる。
「……ありがと」
「どういたしまして」
 助けてくれと言ったわけではないのだが。ご丁寧に砂地におろされると文句も言えない。硬い地面ではないといえど、落ちれば痛い。正直助かった。
「アンタ、強いのな」
 倒れた魔物はピクリともしない。振り回されながらみたその光景は、トカゲの顎に思い切り殴りとばすセヴィの姿だ。
 シグも一回殴られたが、あれを見る限り、かなりの手加減はしていたらしい。そうでなければ、腹に食らった一発でシグなど死んでいたに違いない。
「そうでもない。借りをひとつ返したといいたいところだが、お前に助けられた」
「でも、俺を庇った」
「俺がいなければ逃げられた」
「落ちる俺を受け止めた」
「……そうだな、目の前に落ちてこられたからつい受け止めた」
 最後のセリフは気に入らなかったが、どうやら納得したらしい。早くセヴィに貸しを返してもらわなければ、また命知らずの行動に走るかわからないというものだ。
 言い方は変だが、彼に貸しを作りたくないというのがシグの本音だ。
「何か、向かってくるぞ」
「あ?」
 セヴィの視線の先を見ると、地平線の方で砂埃が舞っている。それは段々と近づいて、人の姿をとっていく。
「シェイだ!」
「お前の仲間か?」
「うん」
 手を振ると、シェイも大きく振り返す。ティアの集落は案外近いらしい。魔物に追われた時に、道を外れなかったのが幸いした。
「シグ!」
 猛スピードで突進してきたシェイに、盛大に抱きつかれてシグはすっ転ぶ。
「遅いから心配してたんだよ、昼前には帰るって言ってたのに」
「いろいろあったんだよ、重いし。退け」
 ゴメンゴメンと全然悪いと思っていないような謝罪をしながらシェイはシグの上からよける。
「あれ、この人は誰?」
 セヴィのほうを、不躾といえるぐらい見ながらシェイは聞く。セヴィはセヴィで完全に無関心なのか、チラリとシェイを見ただけで反応すら返さない。
「色々あってティアの集落まで連れて行くんだ」
「ふーん。色々ね」
 そう言って納得したのか、シグとセヴィを交互に見ながら一人で頷く。
「なんだよ」
「なんでもないわよ。私はシェイ、シグの姉。よろしくね」
「……セヴィだ、こちらこそよろしく」
 二人のやり取りになんとなくシグはムッとする。
(何か、俺と態度違ってないか)
 命の恩人なのに、蔑ろにされているシグは面白くない。殴られるは蹴られるは睨まれるは、とにかくセヴィの彼に対する態度が最悪だ。
「すごいな、あんなにでかい魔物を一人で倒すなんて。ティアは集団でやっとなのに」
「一人ではない、二人だ」
 彼の言葉にそうだと、シグは頷く。やった事といえば後ろに回りひきつけた事ぐらいなのだが。
「シグも手伝ったの?敵前逃亡上等っていっつもいってるのに」
 シェイが、さも珍しいとシグを見る。そんな不名誉な事を言われ、文句を言ってやりたいところだが、本当のことだ。何もいえない。
「うるさいな。そんなことよりも、集落は後どれくらいなんだ」
「ああ、えっとシグならすぐだけど。セヴィがいるなら……そうだね、朝方にはつくよ」
 セヴィは砂を払いながら立ち上がる。慣れない砂漠で疲労が見てとれるが、元々体力があるのでそれほど無理そうではない。
「もうすぐ、集落だ」
「そうか」
 シグは大丈夫か、とでも聞こうとしたがそれを見透かしたようにセヴィに睨まれ口をつぐむ。聞いたら殴られるのは、間違いないだろう。彼のプライドはやたらと高いのだ。
「行くぞ、道案内を頼む」
「了解」
 何よりも速く、誰よりも速く。それがシグの信条でありそれにもと好き彼は走っている。
 一行は砂漠を再び歩きはじめる。ゆっくりと流れていく景色を久しぶりに見た気がして、たまには歩くのも悪くないと、シグは思った。





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