変な男に付きまとわれて早5ヶ月。何故かそいつは俺の部屋にただ1つの冷房器具、扇風機の前に陣取っている。
 ベッドの上の俺のところまで、当然のように風は来ない。
 今年の夏は、例年以上に暑いとか。おかげで明日までに読まないといけない本に集中できない。

 俺は、三田村秋也と付き合っている…………らしい。

「なー、きいてんの?」
「ああ、聞いてる」
 うるさい。
 とにかくこの男、うるさいのだ。俺はこの本を明日までに読まないといけない。よって秋也の話しなぞ聞いている暇はない。大抵他愛もない話しかしないのだ、適当に聞き流している俺を誰が攻められよう。
「―――――でさ」
「うん」
「------か?」
「ああ」
「なあ、-------?」
「そうだな」
「………本気で言ってんのか?」
 いい加減黙ってほしい。扇風機の前に座らないでほしい。勝手に俺のアイスを食うな。
「うるさい。そうだって言ってるだろ、いい加減にしろ」
 本を閉じて秋也の方を睨みつけるといつになく怒った表情の秋也がいた。声をかけようとすると、そのまま立ち上がり部屋から無言で出て行く。あんまりいつもと様子が違うから、不思議に思い俺は後を追う。何言われたって、帰るなんてことは一度もなかった。
「帰るのか?」
 玄関で、靴を履き終わった秋也に声をかけるとぎっとにらまれる。さすがは元ヤン、俺はビビッて口を閉じる。
「ウザくて悪かったな!望みどおり別れるよ!!今までつき合わせて悪かったな!!!」
「……は?」
 秋也はそれだけ言い残すと俺の家から出て行った。残された俺は、何で秋也が切れたのか、よくわからずにその場に5分ぐらい固まっていた。

 あれから3週間。俺は秋也と会っていない。前はウザいぐらいに俺の部屋に来て、ウザイぐらいに話してたのだが、なんか変な感じだ。花屋に行ってもなぜかあいつはいない。同じバイト先の瀬戸が買いに行ったときはいるらしいから、間違いなく避けられている。
 なんか、釈然としない。
「―――――なんだよね、って聞いてんの?」
「あ?ああ」
 もちろん聞いてない。俺は今瀬戸と話していることを思い出して彼女の方に向き直る。瀬戸は何か言いたげに俺のほうを見るとあきらめたように、ため息をついた。
「……まあいいけど。あんた今週の土曜休み取ってたけど祭りに行くの?」
 そういえば、秋也がいきたいと駄々をこねるから仕方なく休みを取ったのだ。ああ、今となっては意味ないな。
「行かない。相手の都合が合わなくなったらしい」
「じゃあ、私と一緒に行く?」
「ああ、別にいいけど。」
 そこまで言って思い出す。確か瀬戸には彼氏がいたのだ。適当な人生を歩んできた俺だが、それがまずいことぐらいすぐにわかる。面倒は、避けて通る主義だ。
「お前彼氏は?」
 と、瀬戸は盛大にため息をついてくれる。
「やっぱり聞いてないじゃん。さっき3日前に別れたって言ったでしょ。あんたこそ、彼女はいいの?」
「俺も別れた」
 彼女じゃなくて、彼氏だけど。

 俺と秋也は、どうやら別れたらしい。

 別に、付き合っていたからってなんかしたわけじゃない。3日に一回は、秋也が俺の部屋に来て。一緒に買い物したり、ビデオ借りて一緒に見たり。
 手をつないで、秋也が一方的に抱きついてきて。友達の延長線上にある関係だった。
 だから、別に別れても何も変わらない。
 いつもみたいに飽きられただけだ。適当な俺に、みんな飽きて離れてく。ただ今回は、相手が男だっただけの話だ。

 そう、ただ、それだけのこと。


 祭りの日はやってきた。
 待ち合わせ場所は店の前だ。祭りの会場は一本奥のとおりだ。この辺は待ち合わせする人でそれなりに混んでいる。瀬戸は背が高いからすぐわかる。紫色の浴衣を着た瀬戸が、すぐに視界に入る。
「待たせたな」
「ほんとにね」
「……」
「嘘だよ、さっき来たとこ」
「どうしたんだ、その花」
「ああ、これ?そこの花屋でもらったの。」
一輪だけの、蓮の花。思い出すのは秋也のことだ。
あいつはいつも俺に花をくれる。花好きの瀬戸に花言葉を聞けば全部、好きだとか、愛だとか、聞いているほうが恥ずかしくなるようなものばかりだ。
「……花言葉は?」
「純真とか……遠ざかった愛とか?そんな深い意味なんてないよ、きっと。だってアキナリ君、彼女いるみたいだし」
「彼女?」
「ほら」
 そういって、瀬戸の視線の先を追えば花屋の隣の家から秋也と、もう一人、時折花屋に遊びに来ている女が出てくる。俺はあわてて目線をそらした。見ても楽しいものじゃない。
「瀬戸、もう行こう」
 そういって瀬戸の肩に手を掛ける。
「あ?え、うん」
 もう一度、秋也のほうを見ると今度は目が合った。驚いたように目を見開くあいつから、今度こそ俺は目が離せなかった。
 道路を挟んで、秋也の表情が怒りに変わっていくのがすぐに見て取れた。
「優!!テメェ!ふざけんなよ!別れたとたんそれかよ!!」
 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、ほんとの馬鹿だ。瀬戸はわけがわからず、俺と秋也を見比べているし、秋也の横の女は、今にも車の走っている道路を渡ってきそうな秋也を必死で押さえている。
 周りのやつらも、何事かとこちらを見て、どう見ても不良にしか見えない秋也を見てからあわてて視線をそらす。
「お前だって……人の事言えるのかよ!」
 そうだ、だって秋也だってもう彼女がいる。そもそも瀬戸はただの友達だ。
「あんたさぁ、もしかして」
「何もいうなよ、自分でもびっくりだ」
 ああ、瀬戸にまでばれた。そうこうしてるうちに秋也は女を引きずって道路を渡ってくる。久しぶりの再会がこれかと思うと、なんだかうんざりだ。
 思わずため息をつくと、ぐっと襟首を締め上げられる。
「あ、あの、私はただアキ…秋也の幼馴染で。彼女でもなんでもないんです」
「え、あ、うん?そ、そう?」
 その横で、女は瀬戸に弁明している。女の中でユウは瀬戸なのだろう。当たり前だ、幼馴染の恋人が、実は男だなんて普通は思わない。
「瀬戸、何とかしろ」
「……はぁ?あ、ちょっとあっちで話し聞かせてくれる?」
「え?あの……」
 半強制的に瀬戸は女を連れていなくなる。周りの視線を痛いほど浴びて、俺はため息をつく
「離せよ。文句ぐらい、違う場所で聞いてやる」

 初めて入った秋也の部屋は、思ったより何もなくて片付いている。
「で、なんか言いたいことでもあるんだろ?」
「……」
「瀬戸はバイト仲間だし、別に付き合ってない」
「……知ってる。それにもう俺たち別れたし、関係ないし。俺だってゆかりと付き合ってるわけじゃない」
「何だって、いきなり別れるとか言い出したんだよ」
 こういっちゃなんだが、秋也はやたら俺に惚れ込んでいた。こんなのの何がいいんだかわからないが。惰性の付き合いに嫌気が差しているなら、もっと早く別れるとか言ってただろう。
「俺のことウザイのか?って聞いたらああって言うし。嫌いかって聞いたら、そうだって言うから。」
「それで、あんな勢いで別れたのか?」
 ああ馬鹿だ。俺の返事を真に受けてたのか。
「そうだよ!今まで嫌そうな顔してたって嫌ってるそぶりもなかったし、なんだかんだ言って俺のこと嫌いじゃないのわかってたつもりだったのに」
「……頭悪いくせに、妙なとこで鋭いよな。お前」
「?」
「……俺は、嫌いな人間を部屋に入れるほど、お人よしでもないんでな」
「は?」
「俺ってよく、人の話し聞いてないのに返事する癖があるんだよ。ぶっちゃけると、この間、お前の話聞いてないのに返事してた」
「何だよそれ!!」
 言うべきか、言わないべきか。言わなければ、このまま秋也と別れて平穏な日々が待っている。
 ああ、デモ。俺はなんだかんだ言って、こいつのこと結構気に入ってる。
「正直、俺は秋也のこと嫌いじゃない」
 そういって、何か言いたげな秋也の襟首をグイッと引っ張る。驚いてる秋也にそのまま、俺はキスをした。生まれてこの方、何度もキスはしてるが自分からキスをするのは生まれて初めてだ。
 どうやら後戻りはできないみたいだ。

 まあ、適当な俺の人生にこのぐらい刺激があったほうがいいのかもな。



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