そよそよと、開け放った窓からさわやかな春風が入ってくる。
 私は勉強をする手を止めて、窓の外をぼんやりと見やる。見えるのは、昔から変わらない隣の家の桜の木。手入れが行き届いていて、今年も綺麗な桜が咲いている。
 隣の家は花屋さんだ。花屋の一人息子の三田村秋也は私の幼馴染だ。

 アキには、最近彼女ができたらしい。

 生まれてから私は真面目に人生を歩んできた。中学でも好成績を治め、そのまま高校へ、そして今はN女子大に進学している。一方、秋也……アキといえば高校中退の元ヤンだ。
真面目一辺倒の人生を歩んできた私の中で、秋はヒーローだった。
 口に出した事はなかったけど、秋のことは好きだった。ただその好きが、どの好きに当てはまるかはわからなかった。でも、アキの彼女になら、なりたい、ぐらいは思っていたのは間違いない。
 そんなのつりあわないから、アキにいったことはないけど。

 そんな折、好きな子ができたと相談されたのは、今年の2月のことになる。「どうしたらいいかなー」なんて、適当な感じで、でも本気で秋は私に聞いてきた。
私に聞かれてもどうしようもない。今の今まで、20年間彼氏がいない私に聞くなと思った。
 ただ、やっぱりアキはヒーローだから、相談するなんて許されないのだ。だから私は
「押して押して押し捲りなさい!!」
 と、逆切れのような啖呵を切った。

 彼女ができたとは、聞いたわけではないが最近頻繁に、秋は”ユウ”さんの話をする。聞いてもいないのにユウがどうした、ユウが何だ、と彼女の話ばかりするので、会った事ないのにユウさんのことはよく知っている。
 出会いは2月、絡まれていたところを助けたらしい。
 彼女は、道路を挟んで斜め向かいの洒落た飲み屋でバイトしているとか。
 S大に通っているとか、血液型はA型だとか、身長は175cmもあるとか。(アキは169だ、後1cmあればと常々言っている )
 彼女は、週に一度、店に飾る花を買いに店にくるらしい。

 秋は嬉しそうに、店に飾る花束のほかに彼女に渡す花を、毎回選んでいる。花言葉に、やたらと詳しくなったのはそのせいらしい。恋の成せるわざというか、彼の一直線な性格が羨ましい。
 元ヤン、はやはり“元”だけで今では普通の人にしか見えない。

「ゆかりー!!」

 窓の外から、アキの声が聞こえてくる。私は椅子から降りると窓から下を見る。アキが大きく手を振っている。その手には、桜の枝が一つ。どうやらユウさんのくる日らしい。
「今日は桜にしたの?」
「そー。花言葉はー、気まぐれ。たまにはこーゆーのもいいだろ?」
 常に花言葉に、愛だの恋だのをこめていた秋にしては珍しいセレクションではある。
「私には?たまにはないわけ?」
 一応女の端くれだ。花をもらいたいという気持ちぐらいはある。アキはきょとんとした表情を浮かべて私のほうを見つめると、しばらくして笑い出す。
「ゆかりはあっち」
 そう言って指差したのは、今満開の桜だ。
「ソメイヨシノは優れた美。こっちの白花は気まぐれ。ユウは気まぐれだけど、ゆかりはソメイヨシノだよ」
 これは、誉められているのだろうか。だとしたら、ちょっと嬉しい。
「あ、客がきた。じゃ、勉強がんばれよ!」
 そう言って、秋は店のほうに戻っていく。
 そよそよと、風が開け放たれた窓から入ってくる。その風が桜の、ソメイヨシノの花びらを私の部屋へと送ってくる。
「優れた美、ねえ」
 誉められて、悪い気はしない。
 ちょっと気分がいいから、アキの大好きなパウンドケーキでも焼いてあげようか。
 ちょっと気分がいいから、今日は黙ってアキののろけ話でも聞いてあげようか。


 今日は天気もいいから、今が見ごろの桜の木の下で、アキと2人で話すのも、悪くない。



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