兵士と海賊一話



 ペックトッス518年ゲアの月
 ストロキン、バーデニア

 世界最大の港町は、いつも活気付いている。漁船、商船、旅客船、そして海賊船。にぎわうほどに事件が起こるのが世の中の常というものだ。特に海賊船が近海を荒らし、陸にあがれば酒場で騒ぐ。それでもここが治安がいいのは、警備にあたるストロキンの海軍部隊が優秀だからだ。
 ラディス・ローアンはそこに所属している。ストロキン海軍バーデニア兵団、第二部隊、二班それが彼の所属だ。第一部隊は要人の護衛を行い、実質的にこの港を守るのは第二部隊からだ。特に第二部隊、第三部隊は近海を厳重に監視している、海賊が騒ぎを起こせばそれを鎮圧するのが彼らの仕事である。各部隊は入港時の諍い、街の警備などを行う。中でも先頭を切る第二部隊の一、二、三班は精鋭をそろえている。
 ラディスはその中でも一番の剣の使い手だ。23という若さにしてあげた功績は数知れず、中央からも声はかかっているが彼は頑なにバーデニアに、この港に留まっている。
 海賊達からは恐れられ、怖れをこめてリーアとよばれている。
 リーアとは海神パストプの娘で、海を荒らす人間によって美しい顔に傷つけられ、復讐したといわれている復讐の神だ。その呼び名も偏に、ラディスの海賊嫌いと、何より彼の―――別段美しくもない顔にある額から左の頬にかけての傷跡に重ねての事だろう。
 彼にとっては不本意の事だが、ラディス・ローアンというよりバーデニアのリーアという通り名の方が知れ渡っている。

 海賊、とはいってもそれは色々とある。宝を探すものもいれば、ただ冒険を楽しむものもいる。かと思えば商船を襲う不届きな輩もいて全てを取り締まるに取り締まれないのが現状だ。
 どんな海賊にも陸に上がる権利はあるというのが、ストロキンの王の考えでバーデニア港は門戸を広くして万人を受け入れている。おかげでバーデニアは世界最大の港町なのだが、どうしようとも海兵と海賊は犬猿の仲だ。お互い商売敵だから、仕事を終えた兵たちが酒場へ行くと、必ずといっていいほど海賊と諍いを起こす。
 これを憂いた海賊上がりのストロキン王が考えたのが海賊と海兵の2人一組で行う大会である。
 バーデニアの港から少し離れたアチュラという島で毎年行われるこの大会は50年前から行われている。

 そしてその大会は今も続く。海賊と海兵の二人一組で望み、互いの親睦を深めるというのがこの大会の主旨だ。
 今はその一ヶ月前とあって、港はいつになく騒がしい。相手を求めて海賊が続々と入港してくるのだ。

 近海の海も船が多い。大きいものから小さいものまで、この時期は観光客と、そしてとにかく海賊船が多いのだ。毎年の光景とはいえ、圧巻だ。
「相変わらず、すごい船だなぁ」
「毎年の事だ。騒ぎも比例して多くなる、気をつけろ」
 アシュトとラディスは船の甲板から辺りを見渡す。各班に与えられる船は小回りのきく、速さを重視したものだ。騒ぎがあればすぐに駆けつけなければならないから、という理由で船が改良され今では世界に誇れる速度だ。
 ラディスの同僚であるアシュトも、彼に習って周りを見渡す。毎年この時期になると騒ぎが多くなるのは事実だ、違う海で確執のある海賊が一挙にバーデニアの港に集うとあって、騒ぎは絶えることはない。
 海賊は放っておくととんでもない事をやらかす。港から見えるというのに堂々と商船を襲うは、着港している宿敵の海賊船に大砲をぶちかます、観光客を攫う。などなどなど、上げていくときりがない。これらを第二部隊が未然、もしくは防ぐのだ。確かにストロキンの王が憂いるぐらい海賊嫌いにもなるというものだ。
 アチュラの大会に出た海兵たちが口をそろえて『海賊も悪い奴ばかりじゃない』と言うのだから、この大会の成果は出ているといっても過言ではない。
 アシュトも一昨年アチュラの大会に出場し、終わったあとにはそんなような事を言っていた。
 ラディスはまったく出る気はない。嬉しくもないがリーアの異名を持つ彼の強さは、引く手数多なのだが、彼は大の海賊嫌いだ。毎年うっとうしいぐらいの誘いに辟易しているから、この時期がくると憂鬱になる。
 かすかな砲弾の音が風に乗って届く。ラディスは音のしたほうに目を向け、青い双眸を細める。
「……西南西から大砲の音と水しぶき。あれはノーシュラとフェンストの海賊船だ」
 いつものことながらラディスの観察眼と地獄耳には恐れ入るというものだ。アシュトは全員に聞こえるような大きな声を出す。
「急ぐぞ!西南西だ」
 船は進路を変えて、走り出す。

 ラディスの仕事が終わるのは日没後、夜の港は立ち入り禁止で締め切られている。ラディスは二班の面々と一緒に酒場“パストフの宴”にきている。あいていたカウンターの席に付き行きつけの酒場で、仕事後の一杯は気分がいいものだと一気に喉に流し込む。
「毎日お疲れ様!」
 言いながら酒場の看板娘のミデリアがラディスの前に、ドンとビールを置いていく。
「いつもすまないな」
 礼を言っておかれた酒に口をつける。酒場は毎日込み合っているが、特に今時期は海賊が多い、間違いなく大会のせいだろう。
 ラディスは少し嫌そうに眉を乗せて、酒を流し込む。口火を切ったのはローワンスだ。
「そういえば、今年はお前の番だぞ」
 何がだ、と目で問えばギムラスがニヤニヤと笑いながら続ける。彼がこんな顔をする時は大抵ラディスにとってうれしくもない知らせの時だ。眉間の皺は、更に深く刻まれる。
「大会出場に決まってんだろ。去年は俺、一昨年はアシュト」
 何の事かと思えばアチュラの大会だ。二班のメンバーはラディスにとって喜ばしくない事にくじで毎年出る人を決めている。それは5年前から始まっていて、何がきっかけかと思えばラディスの海賊嫌いを治そうとしたことから始まっている。今まで難を逃れてきたがついにあたったのだろう。先日、くじでもみんなでやっていたのだが、興味のないラディスは訓練場で剣を振るっていた。
 おそらく最後に残った一枚があたりくじだったのだろう。二班は20人いるから1/15の確立ということだ。そんな事なら出ておけばよかったと、ラディスは思った。
「俺はでないぞ」
 断固反対すると今度はアシュトが続ける。
「残念だねー、ラディス。これは強制イベントなんだよ、君が守らなきゃいけない規則の一つだからね」
 ムッとして押し黙る。そう、ラディスの海賊嫌いを治すという名目で作られたこのシステムは、あたった人は絶対に出ないといけないという規則にまでなっていたのだ。バカバカしいにもほどがあるが、ローワンスが王の許可まで取り付けていたのだから、これに逆らえば国家にそむいた事になる。
 それにクジは公平なものだ。
「ハイこれ」
 手渡されたのは、47という番号の書かれた木札が結わえてある青い紐と赤い紐だ。既に仮登録済みということらしくこれを同様に仮登録を行った海賊と交換すれば、本登録ということになる。
 しぶしぶラディスは青い紐を愛刀にくくりつけ、赤い紐を胸ポケットに突っ込む。赤い紐は、組みたい海賊に渡し、そのとき海賊が持っている赤い紐と交換するのだ。
 王命で定められているのは仮登録までだ、つまり本登録までは強制されていない。本登録は相手が見つかってからでなければできないので、本登録終了の大会前日の昼まで相手がいなければ出場できない。
「俺は誰とも組まんぞ」
「……いつまでそう言ってられるかな。あの“リーア”が剣から青い紐下げてるのを見れば挙ってみんなやってくるぜ」
 何せ紐をぶら下げてなくともこぞってくるのだ、まったくもって嬉しくないが今後の事が目に浮かぶようだ。
 大会の優勝賞金は2000万ジェニー、勲章、王家の宝の三つだ。眼の色変えて海賊も、兵も出場するが、不幸なことにラディスはどれも興味がない。
「返り討ちだ。大会前日まで誰にもこの紐は渡すか」
 言って、ラディスは一気にビールを煽る。
「せいぜい気をつけろよ。相手は賊だ、何でもやるぜ」
 経験者は語る、とはよく言ったものでギムラスは重々しく告げそれにアシュトも頷いている。
 精鋭揃いの二班だ。去年のギムラスはといえば酒に酔いつぶれたところで赤い紐を奪われ、一昨年のアシュトといえば酒場から宿舎での帰り道で闇討ちされたと聞かされている。アシュトもギムラスも、結局なんだかんだで相手の海賊とは仲良くやっているらしい。
 しかしラディスは剣の腕も確かだし、酒にも強い―――というよりざるだ。
 何とかなるだろう、とはそのとき思ったのだがそれは彼の認識不足に過ぎなかった。海賊は、手段なんぞ選ばないものだと、後で思い知る事になる。
「それに今年の王家の宝、なんだか聞いた?」
「いや、興味ないから知らん」
 なおも先ほどの会話が続く。いやなことは酒と共に流したいのだが、あまりにも嬉しそうに言うアシュトを邪険にもできず仕方なく聞き返す。
「それがさ、なんとあの幻の海図らしいよ!」
「幻の海図……ラウドの海図か?」
 ラウド、というのはアイアベの時代の海賊だ。大海賊、という名にふさわしく見つけた宝は数知れず。しかしその全てを彼は死ぬ前に隠したのだ。その隠した在り処を記したものがラウドの海図といわれている。
「そうだよ。ラウドの10秘宝……もう8秘宝だけど。実際に劫火の指輪と、カシェラの槍が記されてるとかで……まあ、ストロキン王家が偽者を賞品にするはずないから、本物だと思うけど」
 劫火の指輪は、フィネットの魔術協会が。カシェラの槍はパレーティナの名門貴族ラントレスト家が所持している。双方共に、ラウドの10秘宝といわれたものだ。
「それが本当なら、海賊どもは眼の色変えてくるな」
 ギムラスの言葉にアシュトもローワンスも同意する。ラディスだって、今回の大会の件と関係なかったら大いに同意していただろうが、とてもではないが暢気に同意していられない。
 不正行為がただでさえ目立つというのに、更に激しくなりそうな予感がする。何せラウドの10秘宝といえば海賊の中では有名で、海に出るものは誰しも1度は夢見るものだ。
「いい迷惑だ……」
「まあ、がんばれよ」
 所詮他人事のアシュトは、満面の笑みを浮かべてラディスの肩を叩いた。

 空いていたラディスの横に、青年といって差し支えない年齢の海賊が座る。ラディスに気づいた様子もなく、連れの少年と談笑しているが、少年は気づいた様で少し驚いたようだが、隣の青年が気づいていないのを確認するとそのまま座る。
 いつも海賊たちは席が空いていようとも彼の隣には座らない。珍しいと、隣をチラリと見れば銀色と青が混ざったような髪に思わずラディスは見入る。海賊は髪をよく染めているが、それにしては綺麗な色合いだった。
「マスター、フィネットのアシリアティー」
「あ、俺はゼボーネのワイン」
「またお前たちか。ほれ」
 ドン、とポットとお湯の入ったヤカン、お茶の葉、そして見たことないワインのビンががカウンターテーブルの上に置かれる。隣にいたラディスは何事かと横を見ると、海賊風の若い男が嬉々として茶の用意をしている。酒場でお茶が悪いとは言わないが、何ともいえない違和感に思わずじっとその挙動を見る。
 年のころは17,8ぐらいだ。別段珍しくはないがこの歳になれば―――しかも海賊ならばなおの事酒を頼むだろう。しかし、彼は慣れた手つきでポットにお湯を注ぎスプーンで茶葉をすくっている。そして隣の少年はといえば、きいた事もないようなワインだ。香りを楽しむその姿は、なりは海賊だが、粗野な海賊には見えない。
「ん?どうかしたか」
 視線を感じたのだろう。海賊が顔を上げると彼の赤茶色の目とぶつかる、慌てて逸らそうとしたが今度は声までかけらてはどうしようもない。失敗したが、見ていたのはラディスだ、今更無視するわけにもいかず海賊に目を向ける。連れの海賊は一瞬苦笑を浮かべ後、ワインを飲んで他人のふりをすることに決めたらしい。
 右目に眼帯代わりに布を巻いた隻眼の少年はラディスと同じぐらいの体格だが、剣は持っておらず腰には弓がかかっている。海賊といえばほとんどが剣を所持している。武器が弓矢というのはあまり聞かない。何せ彼らにとっての遠距離攻撃とは砲撃を意味するのだから。
(変な海賊)
 それがラディスの感想だ。
「酒は飲まんのか?」
「俺は下戸なんだよ」
 そう言って人好きのする笑みを浮かべる。ラディスの事を知らぬ海賊はいないとは言い切れないが、彼が兵士であることは着ている服からそれと知れるというのに、ますます変わった海賊だ。第二兵団二班の“リーア”と談笑する海賊はまずいない。今の時期でこそ、みな必死でラディスに話し掛けるが、普段は敵だ。まず近くには座らない。話し掛けてこようと笑顔を見せるものはいないだろう。
「あんたは……酒豪だな」
 その海賊とは対照的に、ラディスの前には空のコップが並んでいる。彼は大の酒好きで、その上ざるだ。それに加えて今日は嫌な知らせを受けたのでいつもよりは飲んでいる。
「酒場で茶を頼む奴は、初めて見たぞ」
「一応メニューに入ってんだ。」
 笑いながらメニューの隅を刺す。確かにそこには何種類かの茶の名前が書いてあったが、おそらくほとんどの人間は見ていないのだろう。ラディスもここに来て5年だが、言われて初めて気がついた。
「確かに」
「……その傷、どうしたの?なんか腕とかたくさんあるけど、名誉の負傷?」
「おい、シェム」
 さすがにまずいと思ったのか、連れの海賊が少年をたしなめる。シェム、と呼ばれた青年は何もわかっていないような表情で何事かと男を見ている。
「どうかしたの?」
「どうかしたのって、お前なぁ」
 その傷、とラディスの傷を指すように男は自分の額から左の頬、肌の出ている腕をさす。満身創痍といえるぐらいの傷跡だ。どれも完治しているものだが、見ていて痛々しくなるぐらいたくさんの傷跡がラディスの体には刻まれている。腕も然り、腹も背も足にも然りだ。
 ただ、大抵はこの傷跡を見たら気にはするがそんな直球では聞いてくることはない。ここまで何も考え無しに、この傷の事を聞かれたのは初めてで、ラディスは戸惑いながらも答える。
「昔のことだ」
 当然あまり楽しい過去ではない。
「なに、それなら同業者?」
「うわっ!すまん、こいつ何も知らないんだよ」
 慌てて横の少年が口を出しながらもシェムの頭を殴りつける。相変わらず事態を把握していないらしいシェムと呼ばれた青年は頭を押さえて連れのほうを睨みつける。
「気にするな、俺は兵士だ」
 飛んだ勘違いだ。遠くの海から来たのだろう、確かにラディスの顔の傷と三角眼だけみれば兵というよりはならず者にしか見えない。一応国から支給された服なのだが、南国は暑く、国の紋章だけ残して皆自己流にアレンジしている。 ラディスはまだまともだが、ギムラスなどもはや国の紋章すらない。
 少年は驚いたようにラディスを上から下まで見ている。
「……ゴメン、確かにストロキンの紋章が入ってる。バーデニアに着いたのは3日前であんま慣れてないんだ」
「だから別に気にはしてない」
 いつもの事、とまでは行かないがバーデニアに初めて訪れる者はよく勘違いをする。観光客、各国の上層部の人間は“リーア”なんてものは知らないので、ラディスを勝手にならず者と勘違いしていく。
 ただ、海賊は大抵彼の顔ぐらいは知っている。
「ああ……それならアンタがリーアとかよばれている奴か?」
「……ラディス・ローアン。その二つ名は、俺にとっては不名誉だ。」
 そう告げると、彼は嬉しそうに笑う。そしてごそごそとポケットをあさるとずいっと赤い紐を突き出す。
「俺、シェムってんだ、シェム・リー。アチュラの大会で、俺と組む気ない?」
「お、さっそく誘いか!」
 断ってやろうと、ラディスが口を開いた途端口を挟んだのは、ラディスのの隣にいるアシュトだ。振り向けば、ニヤニヤと笑みを浮かべている、現状を楽しんでいるのだが、彼にとって見ればいい迷惑だ。
「うるさいぞ、アシュト。シェムとかいったな、俺は誰とも組む気はない」
「えー、なんでだよ」
 全然残念そうではない。シェムは言いながらお茶を入れる。しつこくせがまれるより全然いいが、あまりの無関心さにラディスのむかつきも納まる。
「海賊は、信じられない。そんな奴に背中を預けられないだろ」
「まー、確かに。俺もラディスと組んで後ろからバサリとやられるんだったら組みたくないもんなー」
 そう言ってシェムは茶をすする。いっている事はもっともだが、ラディスはそんなに無節操に人をきったりはしない。とは思ったが、否定するのも面倒で、適当に頷く。
「そういうことだ」
「じゃあさ!俺を信頼できたら組んでくれるの?」
「…………、まあそうなるな」
 海賊なんぞ、信頼できる日は一生こなさそうだ。しかしラディスが言ったことの意味をとればそういう結論に達する。そこまでは否定する気にはなれない。
 ラディスの返答に、シェムは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、俺信頼されるようにがんばるから。よろしくね」
 あんまり邪気のない笑顔で右手を差し出される。その態度が、なんともいえず子どものようで、振り払うほど鬼にはなれず、仕方無しにラディスは海賊の右手を取る。
「およ?」
 アシュトが面白そうに声を上げる。ジロリと睨みつけると、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。海賊と握手をかわすラディスが珍しいのだろう。これ以上彼に対してネタを提供してやる気も沸かない。
「俺は先に帰るぞ」
 ラディスはそれだけ言うと、金を置いて酒場を後にする。
 たぶん、明日にはラディスのアチュラの大会へ仮登録をした事が流れる事だろう。そうなれば、今日のような事は日常茶飯事になるのかと思うとうんざりするラディスだった。



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