兵士と海賊一話



 ペックトッス518年ゲアの月
 ストロキン、バーデニア

 明朝、噂はずいぶんと一晩で広まったらしい。ラディス達、兵士の住んでいる宿舎の前には朝から海賊達がうろついている。兵士たちが住む宿舎前に、宿敵の海賊とは何ともおかしなものである。
 窓からその様子を見ていたラディスは、憮然と朝食のサラダを食べ始める。まさかここまで来るとは思わなかったのだ、何せ彼は海賊相手にまったく手加減というものをしないので、かなり本気で恐れられているはずだ。正直、ラディスと組みたがる海賊がこんなに多いとは思わなかった。
「いやぁー……すごいね」
 所詮他人事と、寝起きのアシュトが欠伸をしながら呟く。おそらく酒場を去った後、噂を垂れ流した本人だというのに。ラディスは多少むかつきはしたものの遅かれ早かれ、こうなるのだろう。ため息を一つついて言いたい大量の愚痴を水と一緒に飲み込む。
「仕事の邪魔だな」
「確かに。でも何もしてないからな、捕まえんなよ。まして切りかかるなよ」
 何時の間にか現れたローワンスがラディスの肩を叩く。
「それぐらいわかっている」
(一体自分を何だと思っているのか、この先輩は。)
 文句の一つも言ってやりたいところだが、朝から疲れるのも嫌なのでラディスはまた嘆息する。ローワンスに口で勝てた事はない。
「アシュト、食ったら相手しろ」
 ラディスは言いながらいつも背負ってる剣を手に持つ。最初のころは食堂には剣を持ってくるなと毎回言われるのだが、それをやめない彼の行動にもはや皆慣れて今では何も言わない。刀に血が付着して臭う、とかいうならそれなりに文句も言われそうだが、ラディスは愛刀“迅雷”を大層丁重に扱っている。毎日手入れは欠かさない。
 酒以外の娯楽にまったく興味のないラディスは、貯めたいわけではないが金が貯まっていく。それをこの刀につぎ込んでいくのだ。元値100万の“迅雷”だが、やたらと補助魔法をかけているので売れば300万以上になるだろう。長剣の迅雷に対し、短剣の疾風、双方やたらと金をかけている。
「んー……先行ってて」
 口いっぱいにパンを詰め込みながらアシュトは返事をする。それを確認してラディスは訓練場へと向かう。
 愛用の刀はいつもと変わらないというのに、視界に入った青い紐を見た途端、嫌な気分になる。
(あと一ヶ月ちょっとか)
 果たして耐えられるのだろうか、と自問してしまう。こと、酒に関してはあまり気が長い方ではないラディスにとって禁酒はもって三日だろう、酒場が一番危険なのはわかっているがとてもじゃないが今日にでも行ってしまいそうだ。
 アシュトもギムラスも酒場か、その帰り道でやられている。双方ともに半ば犯罪が毎の行為だ。二人は嫌々ながらも笑って許したが、そんな事をラディスがやられた日にはその場で切り捨てるだろう。さすがにそれは犯罪で、謹慎か解雇ものだが、間違いなくやりそうな己の行動に思わず嘆息する。
 宿舎内にある訓練場はあまり広くはない上、人はあまり訪れない。ラディスは常連だ、毎日通って毎日剣を振るっている。相手はアシュトだったり、ギムラスだったり、他の二班のメンバーだが彼らも毎日は訪れない。
 雑念を振り切るように、剣を構える。
 ラディスの剣技は自己流だ、それが他の兵士たちに言わせれば相手をしにくいらし。ラディスも最初は学校で習った通りの方で戦っていたが、いかに無駄をなくすか、いかに速く動くか、それらを突き詰めていくと、習った型に、昔父に習ったの自己流を混ぜ合わせた今の型になったのだ。海賊相手に正統派の剣技でいっては、勝てる相手にも勝てない。
 二班は多かれ少なかれ、皆それなりに工夫している。
「相手になるぜ、ラディス」
 飯を食い終えたアシュトが槍を持って現れる。彼は器用で弓、剣、大剣、槍、斧の武器はもちろん、体術も使いこなす。剣が折れたときの護身用にと覚えたラディスの体術もアシュトに教えてもらったものだ。
 槍とは戦いにくい、リーチの差があるから当然だがアシュトが強いのもある。槍とは関係無しに体術を繰り出す事もあるから、彼との戦いは気が抜けない。
「いつも悪いな」
「別に。俺のためにもなるしな!」
 そう言いながら浅めの一突きを繰り出してくる。それを軽く剣で往なして右へと交わす。そのまま前に出ると横から剣を打ち下ろすと、アシュトは難なく屈みながら蹴りを繰り出す。
「隙あり!」
「誰が!」
 威力を殺ぐように、右足でその蹴りを止めるとそのまますぐに後ろへ下がる。案の定、アシュトが真上に突き出した槍が空を切る。
「チッ、大抵これでやれるのに」
「俺を大抵で、くくるな」
 今度はラディスが飛び込むと当時に剣を繰り出す。真上からの大ぶりの一撃はかわされることが前提だ。後ろへ飛んだアシュトが素早く突いてくる、それの先を剣の柄で思い切り弾くとアシュトの体勢が少し崩れる。その隙を逃さず、ラディスは飛び込んだ。
「そこまで。仕事行くぞ」
 その一言で二人の動きが固まる。ラディスはアシュトの首元で剣が止まり、アシュトの槍の穂先はラディスの右腹を掠めている。
 二人で顔を見合わせ、入り口のところを見れば二班の面々が呆れたような表情を浮かべて立っている。声をかけたのはローワンスだ。
「わかった。」
「りょーかい」
 そう言って二人とも武器をしまう。ラディスは剣帯に収めた剣を背負い、アシュトは槍を担ぐ。それを確認すると、二班の面々は班長のロゼアスの元へと集まる。

「今日の第二部隊の活動は……」
 副班長のローワンスが今日の航路の説明を始める。
 試合を終えた途端、噴出してきた汗をアシュトはもってきたタオルで拭う。
 彼とラディスは同期、その上に班に入った時期もほぼ同じなので仲はいい。もっと言えば士官学校時代からの腐れ縁ともいえる。
(相変わらずいい腕をしている。)
 試合は当然寸止めが鉄則だ、しかし向き合っていた時の真剣なラディスの青い瞳からはそんなものは伺えない。ローワンスが止めなければそのまま首を跳ねられるかと思ったほどだ。
 過去の立会いから、そんな事は絶対ありえないのはわかっている。そうでなければ今ごろアシュトは数え切れないぐらい死んでいるのだから。
 もしアシュトではなく相手が海賊ならラディスの剣は間違いなくローワンスの静止の声すら無視して止まる事はなかっただろう。心底海賊を恨んでいる事は、この5年の付き合いでわかったが理由まではわからない。
 士官学校時代も、ありあまる才能を見せていた。しかしその頃から影はあった、復讐に燻るラディスの暗い闘志なのかもしれないが。学生の頃はただそれが近寄り難いものでしかなかった、ただ一人で高みを目指し剣を振るっていた。今は何かを断ち切るようにしていたのはアシュトも何となく解かっていた。
(リーアか……海の復讐の女神。あながち外れちゃいないのかもな)
 アシュトが横目でチラリとラディスを見る。一際目立つ顔の傷だが、あの傷よりもひどいものが無数に体中にある。風呂は共同だが、誰もラディスと共に入ったことはない。共同生活だ、どうやって隠しても時折見えるラディスの傷跡に目はいく。
 皆闘いを生業にしているだけで、傷は勲章、のような風潮は強いがラディスのそれはもはや異様でしかない。
 普段剥き出しの腕からわかるように、全身傷だらけなのだ。いつもつけている左肩の肩当を取ったラディスの腕は、奇妙な刺青がびっしりと彫られていて、そして足には火傷の痕が広がってた。見て楽しいものではない事は彼自身も自覚しているからいつも隠していたのだろうが、それを見た瞬間アシュトは思わず目をそらした。
 きっとラディスは見られたくないし、腕でそうなっているのだから背中や腹はどうなっているのだろうか。一度だけ、海賊が剣で引き裂いたラディスの服から覗いた、彼の腹には明らかに拷問のような痕が浮かんでいた。
 過去、ラディスと海賊の間に何があったのかは知る由もないが、おそらく辛い過去なのだろう。それは誰も口には出さないが、皆考えている事だった。
 海賊によってつけられた復讐の女神リーアとは、あまりにはまりすぎていて、少し皮肉な気がする。
「以上。大会が近いから、乗じて騒ぎも大きくなる。気を引き締めていけ!」
「はい!!」
 ロゼアスの話が終わると港に移動になる。
 アシュトがラディスのほうを見ると、彼は既にローワンスと何事か話しながら歩き出していた。真面目な二人の事だから、今日の航路の確認をもう一度しているのだろう。
 仕方無しに一人出歩き始めると、ギムラスがアシュトに話し掛ける。
「よう、大丈夫だったか?」
「……殺されるかと、思った」
「まーなぁ、リーア様は眼が怖いから」
 ギムラスも、何度かラディスと対峙した事がある。彼もあのときの事を多い出すたびに寒気がする。殺されたことはない、いつも寸止めだがいつ殺されてもおかしくないような気がする。それでもラディスの相手をするのは、己の鍛錬のためでもある。
 彼の殺気の篭った青い双眸は、いつも冷たい光を放っている。
「それに、また腕上げた。」
 ポツリ、と呟いたアシュトの言葉にギムラスは少し驚いたように目を見開く。そして、ああそうかとゆっくりと頷く。
「これ以上、強くなってどうするのかね」
「復讐だろ……今回の大会で少しは変わってくれるといいけど」
「まー、見てて痛々しいからな」
 ラディスも頭ではわかっているのだろう。別に狂人のように海賊を殺しまわっているわけではない。ただ、一般人を攫っていく海賊には容赦がない。昔ラディスと海賊に何の関係があったかなんて誰も知らない。何せラディスは元々あまり喋らない上、酒にも強いから酔った勢いで、なんてものも皆無だ。だが、何となくは想像がつく。
 はじめて出会ったのは士官学校だ。そのときからあの顔の傷はある。そして彼は孤児院の出だ、実力があるからと途中編入をしてきたのだ。
「そういや、昨日の海賊はどうなんだ?」
「シェムとか言ってた奴?ラディス、子供には甘いから。」
「子供って歳でもないだろ、17ぐらいか?」
 昨日の酒場での出来事を思い出す。変わった海賊だとは思ったが、ラディスが何者であるかを知った後のあの態度といえば珍しいとしか言いようがない。たとえ大会近くだとしてもだ。ラディスに話し掛ける海賊はそろいもそろって腰が低い、偏に容赦のないラディスだからなのだろうが。
「でも、あーゆーすれてない海賊がラディスが組むのが、一番ありえそうな線だな」
「アイツ、人攫いと殺ししてる海賊には容赦ねーから」
 そう言ってギムラスの言葉に同意する。ラディスのほうを見ればローワンスと話しは終わったらしい。何も知らずに宿舎から出ようとしている彼の後姿を追った。付き合いの長い友人に、紐を下げて歩くに当たっての忠告ぐらい与えてやろうか、などと思いながら。

 ラディスがゲッソリしながら船に乗り込むと、さすがに海兵の船までは追って来れない海賊が港に溜まる。宿舎を出た途端海賊が彼に群がってきたのだ。あそこにアシュトがいなければ一人では手に負えなかったであろう。慣れた手つきで海賊を追い払う、容赦なく突き出した槍に、皆道をあけたがあれでよけなければ間違いなく怪我をしたであろう。
 早すぎず、遅すぎず。よけきれるが、そのままそこにいれば怪我をするようなタイミングで槍を繰り出すのだ。とてもじゃないが、ラディスには真似できない。
 付き合いも、もう8年近いが未だによくわからない友人だ。内心何を考えているのかわからない辺りが時折怖い。
「ラディス!!」
 どこかで聞いたような声で、彼は顔を上げる。辺りを見渡せば港にならぶ海賊船上に、昨夜酒場であった少年の姿を見とめた。とはいえ、結構遠いので雰囲気的なものだけだが。船の先端のバランスが悪いところで一生懸命手を振るその姿に、思わず シェムに向かって手をあげると、彼は嬉しそうに更に飛び上がる。
「あ、」
 シェムがバランスを崩したと思ったらそのまま海へと転落し水しぶきがあがる。一瞬、大丈夫かと思ったがすぐに海面から顔を出したシェムに、ラディスは思わず笑みが浮かぶ。
「どうした?」
 アシュトに声をかけられなんでもないと首を振る。ラディスの嫌いな海賊に群がられ、何故か笑みを浮かべている彼が不信だったのだろう。
「なんでもない。出港準備をするぞ」
「はーい。ラディスは真面目だなぁ」
「今更だ。お前はもっと真面目になれ」
 アシュトは荷の積み込みをしているほうへといく。ラディスも手伝いたいところだが余り海賊には近づきたくない。仕方無しに船内へと入る、やる事はたくさんあるのだ。小さな会議室へと行くと、ローワンスが書類をまとめてロゼアスと打ち合わせをしている最中だった。
 ラディスが入ってきたのを見とめると、不自然に会話が止まる。
「どうかしたのか?」
「あ、いや……」
 嘘のつけなさそうな人のよいロゼアスはうろたえたようにローワンスのほうを見る。ラディスも追ってローワンスのほうを見るといつもの無表情を貼り付けたまま書類を置いて、口を開く。
「上層部の機密情報だ、だからお前には言えない……気を悪くするな」
 いえないことはいえないとはっきりいうのはローワンスの性格だ。いいか悪いかは一概に言えないが、ラディスは気に入っている。しかし、聞き止めたことはある。
「上層部?」
「そうだ。王がアチュラの大会に来る……各国の使者もな。戦争が起こりそうだし、それ関連の話だ。」
「……そうか」
「で、入港船の確認だ。昨日の昼以降に入港した海賊船はパドック、それにラゼーラスの二船だ。4日前に入港したセルアードとパドックの船は離してあるから問題ないだろうが、一応注意しておくように」
 海賊も多くいればそれだけ仲の悪いものも出てくる。セルアードとパドックはまさにその典型で入港するたびに諍いを起こしている。他に迷惑をかけず勝手にやっているのだが、港の出入り口付近で砲弾を打ち合われては取り締まらざるをえない。そして何故か仲の悪いくせに同時期に入港してくるからたまらない。
「今日入港予定の船は、貿易船が41隻、観光船が10隻、定期船が定時に8隻だ。それから夕方シーラスの高官が来るという知らせを第一部隊から受けている、まぁ私たちは関係ないが一応頭に入れておけ」
「戦争が起きそうだというのに……物見遊山ですかね」
 まるで大したこともないようにロゼアスが呟く。この貴族の次男は少しずれているらしい。
「だからこそ、だろう。フィネットとデヴィステが裏で手を結んだという噂も聞く。隣国としては落ち着かないのだろう……まぁ、手を結ぶなら遠くのストロキンよりパレーティナを選べばいいものを……」
 デヴィステをはさみ、北にシーラス、南にパレーティナがある。確かにパレーティナと同盟でもなんでも結んでしまえば間のデヴィステを挟み撃ちにできるのだが、古い歴史を持つパレーティナの貴族社会とたたき上げのシーラスの部族社会は相成れないものなのだろう。だからこそ中央のデヴィステが変な考えを起こすのだが。
 それにしても、だ。
「相変わらずどこでネタを仕入れてくるのか、うちの副班長は」
 呆れたようにラディスがこぼすと、ロゼアスも同意する。
 恐ろしいのはローワンスの謎の情報網であろう。一体どこからというような情報を知っている、それこそ国家レベルの話からどうでもいいような個人情報までだ。
 海賊上がりだから顔が広い、ではいいきれないようなものだ。職務に忠実だから問題はないが謀反でも考えたら目も当てられないだろう、どう見ても二班を仕切っているのはローワンスだが、彼は彼でロゼアスをきちんと建てている。いいとこの貴族の次男と元海賊のそりが会うとは思えないが、二人は気が合うらしく諍いは起きていない。
 ラディスともども二班の班員はそれで満足しているから問題はないのだが。班長と副班長の仲がいいに越したことはない。
「そんな事より、ラディスは大会の相方のことでも考えておけ。王も“海の剣聖”の大会出場を楽しみにしてるからな」
 王が庶民的なのを悪いとは言わないが、いいかげんリーア同様、海の剣聖と呼ばれるのもやめてほしいラディスだった。海賊にハリーあ、中央からは海の剣聖だ、いい加減うんざりしてくる。
「…………悪いが、王の期待には添えそうにないな」
「まあ、大会まで長いからな。ラディスは皆にさっきの情報の通達を、ロゼアスは舵を取れ。定時どおりに出航するぞ」
「了解」
 そう言いながらラディスは足早に部屋を出る。鐘が鳴らされ、出航まであと30分となった。後ろの会議室ではラディスの登場により打ちとめられていた上層部の機密情報の話とやらでもしているのだろう。
 重いため息をついてラディスはアシュトの姿を探して歩き始めた。



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