貸しと借り-一話-


あなたが消えたこの世界に、私一人で生きていくのは悲しすぎるから。
 あなたが再び生まれてくるまで、私一人で待つのは悲しすぎるから。
 いつかあなたが再びこの世に生まれ、私の創った子と会えるなら。
 愛しさとも、恋しさとも、憧れとも違う想い。この想いを一人で抱くのは辛いから。
 私は子を創ろう。
 私の涙が子を創る。私の悲しみが、子を創る。あなたへの想いが子を創る。
 あなたと再び出会えるまで、私は涙を流し続ける。
 あなたと出会った、あの地で。今はもう、緑の消えたあの森で。
 私はあなたを待ち続ける。
 封印、再び解かれる時。私はあなたと再び出逢う。
 ああ、光り輝く金糸の髪よ。深き海より青き瞳よ。麗しき、金の乙女よ。


「こうしてティアルは我らを創った。金の乙女と再び出逢わんがために。我らにその使命を託したのだ……何だ、珍しく静かだと思ったら寝ているのか」
 語り終えた老婆は、すっかり寝入っている少年を見てため息をつく。いつもの事だが、この話は彼にとってはいい子守唄のようだ。
 それに今日は、彼が成人の儀を終えて帰ってきたのだ。決まりとはいえ、徹夜走ってきた者が、起きていられるはずがない。
 普通なら五日もかかる成人の儀を、彼は一日半で終えた。
 成人の儀は、アマラの街を出発し、神殿を訪れ、ティアの集落に戻ってくるものだ。行えば五日はかかる。それを寝る間も惜しみ走り続けるのだ。
 魔物に会わなければ休憩しながら四日の道のりで、休み無しで一日は、速すぎる。
「私の第三の眼を与えた者、金の乙女と再び出逢い旅にでる。それは再びディゾルを封印せんがため、か。不憫な子だ」
 少年の白髪を見つめ老婆は呟く。彼女以外は誰も知らない物語の続き。ティアルの予言。
「神はこんなにも、我らに無慈悲なるのか。この子は、そんな運命など望んではいないというのに。十一にして成人の儀を終わらせるなど、怖れるべきは速く走る事への執念か、それとも運命というのか」
 何も知らない少年は、ただ安らかな寝息を立てて眠る。


 それから五年後、天暦千十九年。

 その日、一隻の船がアマラに入港した。ここ数年すっかりお決まりとなった奴隷船だ。 
 年に一度の大祭、ティア祭を一ヶ月後に控えたアマラの市場は活気に湧いていたが、その船を見と口々に声を押さえて囁きあう。
「ティア祭の贄が来た」、と。

 アマラはセレアム島の西の港町だ。
 セレアム島は八割が砂漠でできている。アマラはその島の中でも緑が集まっている一割の部分に出来た港町だ。交易よりも漁業が盛んな港だ。
 昔、ここには砂漠の民ティア族が住んでいたのだが、百年程前に外から入ってきた民によって西の砂漠に追いやられ、ここにアマラがつくられた。
 ティア族は、一言で表すなら“魔物のような”だ。人とは多少異なる姿をとっている。その姿を怖れたのか、土地を奪った報復を怖れたのか、純粋に砂漠を脅威に思ったのかは定かではないが、アマラではティア祭が毎年行われるようになった。これはティアが年に一度行っている祭りを模したものだ。
 しかし、贄などというものが出てきたのは最近になってからだ。
 正確には、アマラを治めている領主、フェルム家のレアムが死に、レアムの三男のカリアムが領主となり治めるようになってからだ。
 幼いころからカリアムのいい噂は流れたことがないという問題児。その上、父親の死の前に長兄、次兄が次々に死んでいるという曰く付きの領主だ。
 そして、ティア祭には港に火のついた蝋燭を持ち寄る風習があるのだが、カリアムは自分が住んでいる館の庭で買い占めた奴隷を火あぶりにしているという噂まで真しなやかに語られている。
 噂の真偽のほどは定かではないが、今まで奴隷として入ったものは二度とフェルム家からは出てこないのは事実である。
 鎖につながれて歩く奴隷達をアマラの人々は遠巻きにして見ていた。一列に奴隷を並ばせて、人数を確認し、フェルム家の使用人に鎖の鍵と一緒に引き渡す……毎年の光景だ。
 だが、今年は少し違った。
 一際人目を引く奴隷の前でフェルム家の使いの男は止まった。
 他の奴隷と変わらない、白い質素な服に身をつつみ、両手、両足に鎖がつながっている。しかし、他の奴隷とは比べようもないくらいに秀麗な顔立ちをしていた。
 洗えば見事であろう金髪に、整った鼻梁。均整のとれた体、白い肌は滑らかでそれでいて綺麗に筋肉がついている。言うなれば、薄幸の美女ならぬ、薄幸の美青年だ。
 ただし、浮かべている表情は他の奴隷のような死人のような顔ではなく、ただの不機嫌、というよりも殺気立っている。それを隠そうともせずに使用人を睨みつけている。まるで見るなら見料を取るといっているようだ。
 放つオーラが他と違えば、当たり前のように、使用人の目にもとまる。
「お前、名前は?」
「奴隷に名前は必要ないだろう」
 不機嫌な声が返ってくる。確かに奴隷に名前は必要ないのだが、使用人の男から見えれば、自分より下にいるはずのこの奴隷が反抗的な態度を示すだけで殴る理由は充分なのだ。
「……っこの!」
 振りかぶって殴りかかった拳は、青年が上体を逸らしたことであっさりかわされ、彼の足払いが炸裂し、男はすっ転ぶ。何が起きたのかわからずに、男が目を見開いていると、青年は使用人の胸倉を掴み、呆然としている使用人の胸ポケットに入っている鍵を取り出す。
 一連の動作を鮮やかに行ったが、当然手足は前後の人と鎖でつながれている。バランスを崩した前後の奴隷が転ぶと後は連鎖反応で全員転ぶ。ちょっとした騒動だ。
 青年は素早く足の鎖を外すと捕まえようとする奴隷商をアッサリ避けて、手に掛かっている鎖を腕の力で打ち切る。
 ここまでやられれば薄幸の美青年も何もない。どこの野獣かと思われる蛮行に、皆唖然とする。
「奴隷が逃げたぞ、追え!」
「捕まえろ!金はフェルム家が出す」
 港は大混乱だ。次々と追いかけてくる手合いは両手両足が自由になった青年の敵ではない。
 走りながら、鍵を放り投げるのを最後に、青年は人ごみにまぎれて見えなくなった。

 そしてその日、一枚の手配書が回る事となる。逃走奴隷を捕らえたものに二百万、と。 



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